当院でのお薬との向き合い方
お薬が必要かどうか、お薬の専門家が吟味します
こころの病気は、その種類や症状によって、お薬が治療の主役となる場合もあれば、お薬はあくまで脇役でそれ以外の治療や取り組みが主役となる場合もあります。例えば、脳の働きが悪くなっている病気や症状であれば、お薬が大切と考え、治療方針を立てることになります。逆に、生活環境などのストレスが主な原因で起きている病気や症状に対しては、環境を調整することが治療の根幹になり、お薬は脇役として考えるのが自然です。
当院では臨床精神神経薬理学専門医1)としての知識と経験をもとに、患者さんひとりひとりの症状、環境、そして患者さんの価値観などを把握し、お薬を治療の中心に据えるべきか否かを慎重に吟味します。そして、もしお薬が必要な場合でも、可能な限りシンプルなお薬の使い方を目指します。
シンプルな薬の使い方がなぜ良いの?
シンプルなお薬の使い方とは、「できる限り少ない種類のお薬を、できる限り少ない量で使うこと」です。シンプルにお薬を使うことで
・治療がわかりやすくなる。そのため、治療方針が明確になる。
・どの薬が効果を発揮しているのかが、わかりやすい。
・お薬同士の相互作用、飲み合わせの心配が少ない。
・お薬により生じる副作用を最小限にすることができる。
・飲む回数や錠数が少なく、飲み忘れる心配が少ない。
・お薬代も少なくて済む。
などの色々なメリットがあります。
こころのお薬はなぜ増えていくの?
こころの病気はさまざまな症状を引き起こします。眠れない、不安がある、落ち込む、感情の起伏が激しい、物音や周囲に対して過敏になる。これらの症状は相互に関連しながらも、それぞれ異なるもののため、症状ごとに対策を立てていく結果、お薬の種類が増えてしまうことがあります。
また、コントロールしたい症状がひとつの場合でも、症状や強さが原因でお薬が増えてしまうこともあります。
そして、お薬によっては服用していくうちに体が慣れてしまい、その効果が薄れ、結果的に必要なお薬が増えてしまうこともあります。
症状をゼロにすることにこだわり過ぎてしまうことも、お薬が増えていくひとつの要因になり得ます。
それ以外にも様々な要因でお薬が増えていくことがありますが、当院ではお薬が増えていく原因を認識した上で、そうならないように取り組んでいきます。
当院での取り組み
当院では可能な限りシンプルなお薬の使い方を目指しています。
心療内科・精神科のお薬は痛み止めや花粉症のお薬とは違い、即効性を持つものは少なく、また、必要なお薬の量は患者さんそれぞれで異なります。例えば、
・ある患者さんには100の量が必要なお薬でも、違う患者さんには50の量で充分な効果が得られる。
・50の量で最初の1週間は期待する程の効果が得られなかった場合でも、もう1週間待つことで期待する効果が出てくる。
などがあります。そのため、当院では次のような取り組みをしています。
・症状が強く、差し迫って改善をしなければいけない場合を除き、なるべく少量から開始する。
・1~2週間はお薬を急いで増やさずに経過を観察する。
・副作用が強く出現した場合には適切に対処する。
・効果が十分に得られない場合には、慎重にお薬を増やす。
・最初のお薬が効果的でなかった場合、新たなお薬を加えるのではなく、最初のお薬から切り替えることを基本とする。
これらの取り組みにより、治療経過が長くなっても、お薬の数がどんどん増えるのを最低限にしていきます。
症状が強い場合には、いくつかのお薬、多めの量が必要になる場合はあります。一方で、強い症状が治まった後にも同じお薬、同じ量が必要とは限りません。病気によっては再発の予防のために一定のお薬が必要になることもありますが、それぞれの患者さんの状態を丁寧に見つめていきます。
お薬以外の取り組みも大切です。
どんな場合でも、お薬以外の手段で、症状に対処する方法を持つことが治療には大切です。例えば、
・軽い運動
・規則正しい食事
・夜の動画視聴やゲーム、深酒を控える
といった取り組みは睡眠や気分の安定、生活リズムの改善、良い睡眠や睡眠時間の確保に役立ちます。
こころの調子が悪い時には、これらの事に主体的に取り組むのは難しいかもしれませんが、調子が少し上向いてきたタイミングで、少しずつ、自分のペースでトライすることは治療における大切なステップです。
また、症状を完全にゼロにすることを追求するのではなく、自分の目指す生活を送れる程度の症状を許容するという視点も大切です。時には、自分の一部として症状を受け入れて、症状と無理に闘わないという選択をすることで、結果的に楽に過ごせることもあります。
当院ではシンプルにお薬を使うために、患者さんを適切にリードしながらも、患者さんの生活や考え方に沿った診療を行います。
丁寧なお薬の使い方を患者さんと一緒に考えていきます
日々の生活の中でお薬を飲むこと自体がストレスに感じる方は少なくありません。「お薬は自然なものではない」、「薬に頼りたくない」という想いは、多くの人が共感することかもしれません。
一方でお薬を減らすことや、お薬を卒業することだけを目指すと、焦りを感じたり、心のバランスが崩れたりして、逆に辛くなってしまうこともあります。最も優先すべきことは「こころも体も健康的に過ごすこと」であり、そのためにはお薬をうまく使う、お薬と付き合っていくという考えが必要な場面も少なくありません。
患者さんそれぞれのこころの状態が違うように、必要な薬も違います。
私たちと、どの薬が必要で、どの薬が不要なのかを一緒に考えてみましょう。
1) 臨床精神神経薬理学会が制定する専門医制度で、認定試験に合格した者のみに付与される資格です。2023年度以降は日本精神神経学会との合同で制度運用されることになり、専門医には精神科薬物療法に関する更なる優れた学識と技術、倫理観などを備えていることが期待されています。